遊学

AI時代の、新しいリベラルアーツ

ひらく

「遊学」とは、自分のいる場所を離れて各地を巡り、その土地の人や文化、思想に触れながら、学びを深めること。

nichtöneは、この「遊学」を、AI時代の新しいリベラルアーツとして再定義します。

大山の渓谷で、滝の前に立つ2人 夕日に染まる海に入る人たち 雪の森を沢沿いに歩くグループ

AIが膨大な知識を集め、整理し、論理的な答えを出す時代。画面越しには、AIによって提供される膨大な情報が溢れています。

知識を得るためだけなら、わざわざ遠くへ動く必要はなくなりました。

知識を増やすことは、もはや人間だけの知性ではありません。

一方で、世界そのものは、記号化され、画面の中で静止した情報の羅列ではありません。

生命とは、動的な現象です。

絶え間ない水の流れの中で、多様な生き物たちが生まれては死に、分解され、また新たな生命が生まれる。そこに留まるものはありません。私たちの心身も、社会も、人と人、人と生態系との関係も、絶えず変化しています。

だから今こそ、人間は身体を使い、世界と出会う必要があるのだと思います。

自分の身体を世界の中に置き、五感、内臓感覚、身体感覚をひらいて、世界を感受する。

そこで受け取った、まだ言葉になっていない膨大な情報を、人は自分の智慧へと変えていくことができます。そして、その感覚や価値判断をAIにも伝えながら、どちらへ進むのか、未来へのベクトルを示していく。

それが、AI時代の人間の役割ではないでしょうか。

地域の食卓を囲んで語らう人たち 渓谷の湖でSUPをする人たち 草地で牛と並んで座る2人
PROCESS
  1. 01 Knowledge 知識
  2. 02 Experience 体験
  3. 03 Embodiment 身体化
  4. 04 Wisdom 智慧
  5. 05 Implementation 社会実装

AI時代に獲得する3つの知性

統合知性の図:AI・情報圏と生命圏を、身体知性・畏敬知性を持つ人がつなぐニューラルネットワークの接続
  1. 01

    身体知性

    頭だけで世界を理解するのではなく、身体を通して世界を経験し、感受し、応答する力。

  2. 02

    畏敬知性

    自然に触れ、自分を超えた森羅万象の大きさや精妙さに出会い、畏怖や畏敬、感謝をもって世界と関係し直す知性です。

    自然を支配し、利用する対象としてではなく、自分を生かしている大きな生命の網の目として捉え直す。その上で、自分はこの世界に対してどう振る舞うのかを考える力です。

  3. 03

    統合知性

    身体知性と畏敬知性を土台に、人、AI、自然を分断せず、生命圏全体の健やかさへ向けて結び直していく知性です。

    AIは情報を処理し、生態系は生命を循環させ、人は身体で感じ、畏敬をもって判断する。それぞれ異なる知性をつなぎ、よりよい方向へ動かしていく力でもあります。

PLANETARY HEALTH

プラネタリーヘルスを、知識から視座へ

nichtöneが目指すのは、人が生きることで、人・社会・環境がより健やかな方向へ向かう「プラネタリーヘルス」を実現するための社会経済基盤をつくることです。

遊学で目指すのも、プラネタリーヘルスについて詳しくなることではありません。

プラネタリーヘルスの視座を獲得することです。

自分は世界とどう関係して生きるのか。

自分の健康と、社会や自然の健康を、どうつなげて考えるのか。

その視座が変われば、行動も変わります。

生き方や働き方、何を選び、何にお金を使い、どんな仕事をするのかも変わっていきます。

nichtöneは、意識変容と行動変容のプラットフォームです。

だから、Wisdom=智慧の先にImplementation=社会実装があります。

都市で学び、流域へ遊学し、社会で実装する。

RYUIKI

流域へ遊学する

nichtöneの遊学では、学びの場を各地の「流域」に置いています。

土地の成り立ち、生態系、気候風土、その上に積み重なってきた歴史や文化、産業や暮らし。

それぞれの土地だからこそ育まれてきた知恵と関係性があります。

個性あふれる多様な流域へ、身体ごと飛び込む。
それが、nichtöneの遊学です。

都市で学び、
流域へ遊学し、
社会で実装する。

身体を世界にひらき、
流域から学び、視座が変わる。
そして、その変化を行動にする。

そうした一人ひとりの変化から、世界が変わっていく。

それが、nichtöneの考える
Planetary Liberal Arts=プラネタリーヘルスを基盤とした新しい教養としての「遊学」です。